その展覧会は、大正時代に建てられた酒造倉庫で行われている。
一人の芸術家と、彼を取り巻く多くの人たちとで創り上げた一大プロジェクトだ。
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湿気や黴、木材の匂いが充満した巨大な煉瓦倉庫の中には、作品を納めた、否、作品自体となった小屋が林立し、一つの街が出来ていた。所々に吊り下がる白熱灯。小屋の窓から漏れる温かい灯り。作品群は一見ポップでロックで可愛らしい。しかし、氏の作品に触れる度に感じる薄絹の様な狂気が、仮初の街に、何層にも折り重なり漂っていた。打ち付けられた板の隙間から、ペンキの塗られた扉の下から、小屋と小屋の路地の奥から、するすると這い出し、絡みつく……最早この街から出られないのでは、と思い始めた頃、目の前に、鉄の階段が現われた。何かに急き立てられる様に階段を登り、『先にこっち』と画家の丸っこい手書きの文字に従い渡し板を進むと、其処は。
肥大した真白な少女の頭部が漂う、漆黒の海。
一瞬にして、しつこく纏わりついていた狂気がドラマチックに昇華された。
黒いビニルの海には、深く病んだ情熱が毅然と波打ち、三つの少女の頭部は瞳のない瞳で世界を静観する。
それは、とてつもなく美しく、哀しい光景だった。
階段を降りる前、窓辺に佇み雨が降り始めた本物の街を、暫く眺めた。
街は、当たり前に街だった。
木枠の窓辺には、頭が半分風化した蜘蛛のミイラと小さな蛾の死骸が転がっていた。 moai
『 YOSHITOMO NARA + graf A to Z 』 〜10/22 吉井酒造煉瓦倉庫(青森県弘前市)